スレコピペその26

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819 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 23:20:40.11 0


「いけないっ」


時計を見るやいなや、愛理は鞄を引っ掛けた。
着替えを繰り返した挙句、結局選んだのは一番初めに着た白のワンピイスである。
服の他にも、化粧に髪型、鞄選び――時間がいくらあっても足りないくらいだ。
しかしそうも言ってられないので、急いで自室のドアノブに手をかける。


「あの人ですか?」


不意に悲しげな声色が呼ばれ、振り返る。


栞菜が立っていた。


瞳には、決意を秘めたような強さがある。
つい先程まで淡々と身の回りのことを世話していた人物とは思えない。


微妙な距離を挟んで、二人は見つめあう。




820 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 23:31:01.32 0


「使用人という立場を忘れて言います。お嬢様、行ってはなりません」
「栞菜……」
「何故あんな人の所に行こうとするのです? あんなに悲しそうにしていたのに、何故……
 栞菜なら、絶対にお嬢様を傷付けたりしない」


表情は切実さを孕んでいる。
重い沈黙の中、時を刻む音だけが響いていた。
妙な焦燥を抱きながら、ちらと掛け時計を見やる愛理。


約束まで、もう時間がない。


ドアノブにかけた手に力を込めようとしたその時、不意に背中に伝わるぬくもり。
引き止めるように強く、抱き締められていた。




823 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 23:35:11.77 0


「辞めさせられてもいい、会えなくなってもいいから……行かないで」


耳元に、涙声と熱を含んだ吐息がかかる。
こんなに近い距離で栞菜を感じたことは今までにない。
今、初めて本当の彼女を知ったような気がする、愛理はそう思った。


――ずっと傍にいたのに


舶来のビスキュイを美味しそうに頬張っていた栞菜。
眠れない夜に、夜通しお喋りした栞菜。
誕生日にあげたお揃いの寝間着を、嬉しそうに身にあてがっていた栞菜。


今まで共に形作ってきた思い出が、走馬灯のように蘇る。




832 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 23:45:23.24 0


栞菜と一緒に学校に行きたいと駄々をこねた時のことだ。
周りの大人が降参するほどわめき散らした愛理へ、栞菜が掛けた言葉。
“お嬢様が楽しければ私も楽しいんです。だから、私の分まで楽しんできてください”
顔中を笑顔にしてそう言った彼女が、今、自分を引き止めている。


愛理は迷っていた。


天秤にかけることなど出来るはずがない。
今ここに居る彼女と、遠くで待つ彼。どちらも大切で、どちらも失いたくないのだ。




“どちらも選べない――”




ずるいと知るけれど、それ以外の答えは見つからなかった。




837 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 23:52:03.64 0


腰に回された腕には未だ力がこもっている。振りほどくことなど、出来はしないだろう。


静けさを埋めるように雨粒が窓をたたき始める。
本降りになりそうな気配だ。


「外に出たら、濡れてしまうわね…?」


問いかけのような呟き。
それが答えだと知るから、栞菜は深く頷いた。




846 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 00:07:58.98 0


「ちょっと友理奈さん、落ち着いてください」
「いやでも……」
「あ、ベル。始まりますよ、ほら座って」


どれだけ身を乗り出したところで、客席に舞美らしき人物は見つからなかった。


――あの二人何してるんだ?


湧きあがる苛立ちを他所に、客電が落ち、緞帳が重々しく上がっていく。
にわかに毀れだす眩いばかりの照明、鳴り響く流麗な音楽。
気がかりを頭の隅に置きながらも、熊井は夢のような光景に見入った。




856 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 00:34:04.05 0


「雨だ……」


扉から毀れる音楽に耳を澄ませていた千奈美は、窓の外を見た。


(せっかく今日は全部綺麗に縁取り出来たのに……)


また雑用が増える――憂鬱な表情のまま、窓や入り口を閉めに走る。
玄関口を出た所で、人影が目に入った。


「あのーお客さん、もうここ閉めちゃいますけど」


背を向けて立っていたその人物が、振り返る。


(うわぁすっごい格好いい…)


「って、え? 舞美くん?」
「……千奈美?」




861 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 00:42:57.08 0


忘れるはずがない。何せ生まれてから中等学校に入るまで腐れ縁の仲だったのだ。
千奈美が親の仕事の都合で転校するとなったとき、舞美は生まれて初めて涙を流した。
それ程に深い絆を二人は育んできた。人はそれを幼馴染と呼ぶ。


「戻ってきていたのか?」
「うん少し前に。うわー懐かしい。で、何してるの? 入らないの?」
「いや……ちょっと人を待っているんだ」
「へえ。あ、恋人だ」
「恋人…なのかな」


その寂しげな表情に、千奈美は頭に疑問符を浮かべた。


「それより、濡れちゃうよ。中入れば?」
「いいよ、帰ったと思うかもしれないし。ここに居る」
「そっか……あ、じゃあ傘…はないな……そうだこれ、使ってよ」




862 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 00:54:14.61 0


咄嗟に差し出した手ぬぐいは少し汚れていた。
ちょっと失敗したかな――年頃の女子が出すようなものではなかったと、少しだけ反省する。


「ありがとう」


それでも、舞美は屈託のない笑顔で受け取る。


(変わってないな、舞美くん)


幼い頃からそうだった。
懐かしい笑顔を見て、そんな彼に恋心を抱いた時期があったことを思い出す。
すべて、いい思い出だけれど。
過去に思いを馳せながら、とっておきの笑顔をつくる千奈美




863 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 00:58:04.49 0


「早く来るといいね、その人」
「うん」
「じゃあ閉めとくね」


中に戻ると、肩や頭が濡れていたことに気付いた。しかし、不思議と気分は晴れやかだ。
雨の日も案外悪くないな――
もぎられた半券の山を愛しげに見つめながら、千奈美は笑った。