スレコピペその25

http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1199718051/

796 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 20:13:48.42 0


「ねえお母様、変じゃない?」


仕立てのよい純白のワンピイスがひらひらと揺れる。
もう何度目か分からない確認に、母親は苦笑を浮かべた。


「はいはい、可愛いわよ愛理」
「もーちゃんと見てよー」


地団太を踏む娘に、両親は呆れたように笑う。


「……やっぱり赤いのにする」


鏡の中の自分をじっと見た後、一目散に階段を駆け上がっていく愛理。
ここ最近の萎れた様子からは程遠い姿に、両親は顔を見合わせた。


「今晩誰かに会うのか?」
「あら貴方、あの子をあんな顔にする人なんて一人しかいないじゃありませんか」
「……舞美くんか」




797 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 20:25:41.09 0


居間から聞こえたその名に、栞菜の表情が曇る。
何となく予感はしていたが、そうではないことを祈っていた。
自分の言葉が何の拘束力も持していなかったことが、悔しくも悲しい。


――お嬢様は、あの男のために……


階上で物音がする度に軋む心。
焦燥、憎悪、孤独――
それらが混在する名もなき感情は、一人の少女が背負うには余りに重いものだった。




802 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 21:42:47.64 0


「矢島」


聞き慣れた声に呼ばれて、舞美は人ごみに視線をさ迷わせる。
白亜の殿堂と呼ばれる帝國劇場の前は、着飾った貴婦人や紳士でごった返していた。
一際目立つ長身がこちらに向かって歩いてくる。
大きく手を振りかけた舞美は、その後ろに続く影に目をこらした。


「おー、馬子にも衣装とはこのことだな」


開口一番、熊井は笑顔で言い放つ。
実際、夜会服を身に纏った舞美は人目を引いた。
普段は袴しか着ない彼にとっては気恥ずかしさもあったが、背筋の伸びた背中に燕尾服がよく似合う。
熊井の方も、黒のタキシイドを易々と着こなしている。




804 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 21:53:56.71 0


彼の隣に立つ、くっきりとした目鼻立ちの女――薄紅の着物が麗しい。
平生彼が連れている子女のどれとも違う雰囲気の彼女を、舞美は先程からちらちらと見ていた。
その様子に気付いた熊井は、わざとらしい咳払いを一つする。


「紹介するよ、須藤茉麻さん。俺の、許婚」


眼前で粛々と礼をする茉麻に少し遅れて、頭を下げる舞美。


――こんな美しい許婚がいながら遊び回っていたのか……


尊敬の念と共に呆れるような気持ちになる。


「どうも、矢島です」
「お噂は聞いています」


添えられた笑いから何かを察した舞美は、熊井をにらんだ。




805 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 22:01:07.81 0


「お、俺飲み物でも買ってくるよ。二人はどうする?」
「私は結構ですわ」
「同じく」
「そうか。じゃあ行ってくる」


逃げるように駆け出した熊井の姿に吹き出す、残された二人。
笑顔のまま茉麻は言う。


「飲み物なんて言って。どうせ可愛い女の子でも見つけたのでしょう」


視線の先には、売り子と談笑する長身の男。


「ほら」


その笑顔に嫌味なところは少しもない。
きっと彼女は熊井を愛しているのだ。舞美はそう思った。




809 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 22:10:48.78 0


「熊井…くんは、少し軟派なところはありますが、嘘のつけない正直な奴です。
 私も彼に何度も助けられました。
 だから……一友人として、熊井をどうぞ宜しくお願いします」


唐突に頭を下げた舞美に、茉麻はふふと微笑む。


友理奈さんの言った通りの方だわ」
「あいつ、また余計なことを言ったんでしょう」
「いいえどうかお気になさらずに。……けれど、あなたの許婚の方は幸せね」
「え…」
「私もその方に負けないくらい、幸せになります」


快活で穏やかで、美しい笑顔だった。
不意に愛理を思い出して、舞美の胸が切なく波打つ。


811 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 22:30:37.15 0


「人の許婚に見惚れてるなよ」


気付くと、珈琲を片手に持った熊井が立っていた。
取り繕う暇もなく、どっと人波が押し寄せる。開場の時間になったらしい。
避難するように入り口の脇へ寄る三人。


「こっちはいいから、先に中に入っててくれ」


舞美の言葉に、熊井と茉麻は困っているようだった。


「いいのか?」
「当たり前じゃないか。一人いれば十分だ。もう少しで来るだろうし」
「そうか……出来れば愛理ちゃんにも挨拶しておきたかったんだけどな」
「また終演後にでも落ち合おう」
「そうだな。……にしても遅いな、愛理ちゃん。ちゃんと場所と時間伝えたのか?」
「言ったよ。ほら、行って。冷えたら大変だ」




812 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 22:32:17.47 0


茉麻に視線をやった舞美は、後から行くから、と続けた。


背中を押され、躊躇いがちに歩き出す二人。


小さくなっていく二つの背中を見送るその口から、ため息が漏れる。
羨ましさを感じないと言えば嘘になる。
仲睦まじく歩く二人の姿が眩しく映じた。


開演まであと十五分。
曇り始めた空が、胸騒ぎを呼び起こす。