スレコピペその24

http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1199718051/

720 :名無し募集中。。。:2008/01/21(月) 02:06:44.48 0


街並を吹き抜ける一陣の黒い風に、通行人は軒並み振り返る。
何のことはない、漆黒のフロックコオトに身を包んだ彼が疾走しているだけのことである。


ここ最近、こんなにも懸命に何かを成そうとしたことがあろうか――


額に汗する自分を可笑しく思いながらも、熊井は更に速度を速めた。
ポケツトに入ったそれを落とさぬよう、気を付けながら。




721 :名無し募集中。。。:2008/01/21(月) 02:24:36.73 0


下校時刻と同時に校門を駆け抜け十分もしない内に戻ってきた熊井に、
すれ違う教師たちは不思議な顔をした。
公会堂の入り口には既に人影がある。


「どうした、こんな所に呼び出して」


息も絶え絶えな熊井の様子に、舞美は驚いたような声を出した。
何も言わずに差し出される二枚の切符。
状況が読めない舞美は即座に持ち主の顔を見る。


「明後日、帝國劇場でオペラが開かれる。感謝してくれよ、良い席を取るために俺もう必死で…」
「そんな、いいよ、舞台には興味がないし。それより、他に渡す人がいるんじゃないか」
「何を勘違いしてるんだ。俺は男と歌劇を見る趣味はないよ。これはお前と、愛理ちゃんの分だ」


唐突に出されたその名に、舞美の動揺は明らかだった。




722 :名無し募集中。。。:2008/01/21(月) 02:51:04.32 0


「……もういいんだ、終わったことだよ」


切符を突き返す動作は、平静の彼からは程遠いほど弱々しい。
舞美の脳裏には、今も女中の言葉が焼きついていた。
あんなことを言われてまで会いにいける程厚顔ではない、自身の人格に賭けて、
そう思いたかった。


「本当にそう思っているのか?」


問いかけにも、黙ったままの舞美。
沈黙に痺れを切らした熊井は、小さなため息の後に続けた。


「俺や愛理ちゃんから逃げた所で、ここからは逃げられないぞ」


切符を中に収めた拳が、胸をとんと突く。
力が篭っていた訳でもないのに、舞美の心は痛んだ。




724 :名無し募集中。。。:2008/01/21(月) 03:05:05.57 0


「とにかく、一度きちんと話し合え。続けるにしても、袂を分かつにしても」


追い抜き様に言うと、熊井は振り返ることなく歩を進めた。
一人になった舞美は、手元に残った二枚の切符を見つめる。


“自分の思いからは、逃げられない…――”


心根では分かっている。


――自分は彼女を、どうしたいのだろう


考えても、迷うことは出来ない。
名を聞いただけで高鳴った鼓動が答えだった。


「明後日、か」


何となく頭上に広がる空を見る。
小さな悩みを笑うような青さを、舞美はすこしだけ恨めしく思った。




767 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 04:16:05.74 0


まあ、あの方どなたかしら
どちらにいらっしゃるの?
ほら、門の所に
本当ですわ素敵


教室の窓際に群がる女生徒達。
興味津々の梨沙子に手を引かれ、愛理もその輪に加わった。


「あら、あの方愛理の……」


そこにいるのは確かに舞美だった。
校門の辺りで、すれ違う子女達にくすくすと笑われながら、
居心地が悪そうに立っている。


何故あの人がここに――すこしの動揺が愛理を襲う。


「……行きましょ、梨沙子


平静を装って鞄を手に取ると、何か言いたげな梨沙子もそれに続いた。




768 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 04:33:31.04 0


校門に近付く度、愛理の鼓動は激しさを増す。
もし先生達に見つかれば大目玉をくらうかもしれない、
それよりも逢引などと噂を立てられてはかなわない――
言い訳が増える度、歩幅は大きくなる。


「愛理!」


強く呼び止められて、思わず足が止まる。
二人の間に漂う微妙な空気に、気まずそうに口を開く梨沙子


「私、先帰ってるね?」
「えっ…」




769 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 04:35:45.36 0


取り残された愛理は、上目遣いに舞美を見た。
思いの外真っすぐに見つめられていて、慌てて視線を下げる。


「……何ですか?」
「明後日、18時。帝國劇場前に来て欲しい」


差し出されたのは、端の部分が少しよれた切符である。
周りには人垣が出来始めている。
注目から逃れたい一心で、愛理はそれを受け取った。


「…では、元気で」


ぎくしゃくと音を立てながら去っていく舞美。手と足が一緒に出ている。
不意にふっと笑ってしまって、咳払いをして誤魔化した。
久しぶりに見る大きな背中。何故か見知らぬ男のように感じる。
動悸は未だ収まらない。




770 :名無し募集中。。。:2008/01/22(火) 04:41:04.66 0


明後日、18時、帝國劇場――


呪文のように胸の中を旋回する言葉。
自ら別れを告げたくせに、約束に胸を鳴らす自分がいる。
はっと我に返ると、数人の生徒が好奇心に満ちた顔で愛理を見ていた。
急いで切符を鞄にしまい、ぶりきの玩具のように頭を下げてその場を離れる。
人目の中を突き進むその頬は赤らんでいた。