スレコピペその13

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444 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 19:13:33.54 0
「愛理っ!待ってくれないか!!」


快速俊足が自慢の舞美であったが、
今日の愛理の足の速さにはついていけなかった。


そして、人気のない旧武家屋敷の前で愛理は立ち止まった。
舞美は息を荒げながら、肩で息をし、愛理が離れないようにと
愛理のことを後ろから抱きしめた。


「あっ…」
「どうして泣いたのか…教えてくれないか。なぜ…逃げるんだ…愛理。」
「ごめんなさい…」
愛理は謝ることしかできなかった。
自分の弱さを、舞美に迷惑をかけていることを。


「愛理…謝られても何を謝られているのかわからないよ…」
舞美は困惑しながらも、愛理を離す事はなかった。






448 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 19:55:00.48 0


通り過ぎる人々の視線が、すれ違い様にこちらを向く。
それでも舞美は身体を離さそうとしない。


「黙ったままではわからないよ」


細い身体を抱える腕に一層の熱が入る。


「……すこし、歩きませんか?」


愛理の呟くような声に、にわかに身体が二つに分かれた。


数歩先を歩く華奢な背中にただ従う舞美。
一定の距離を保ちながら、二人は歩を刻んでいく。
不思議と、沈黙に気まずさはない。




449 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 20:06:08.80 0


しばらくして辿り着いたのは、先日想いを告げたあの土手だった。
舞美に背を向けたまま、愛理は川面に落ちかけた夕陽を眺めている。


「舞美さんは……憶えておいでですか? 以前、この場所で告げて下さったお言葉」
「ああ」


どんな表情で言葉を紡いでいるのか、舞美からは見えない。


「私嬉しかったんです。とっても。…嬉しすぎて、すこし浮かれていました」


真意の見えない言葉に、沈黙だけが時を進める。
川辺で遊んでいた子どもたちの声も、いつの間にか消えていた。


「何があったのか知らないが、今でも思いに変わりはないよ。
今も、私は愛理だけを大切に思っている」


――大切


その言葉がどんなに残酷な意味をもっているか、舞美は知らない。




450 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 20:10:57.73 0


振り返った彼女は、心細いような笑みを浮かべていた。


唐突に、二つの身体から距離が消える。


倒れ込むようにして、愛理が舞美の胸の中に身を寄せたのだ。
不意に訪れたぬくもりが舞美の鼓動を速める。
異性からの抱擁を受けたのは、彼にとって初めてのことだった。


「……大切になんてされなくていい、妹なんかじゃいや……」


消えてしまいそうなほど小さな声。
女の方から想いを告げるなんて、はしたないことだとは分かっていたけれど。
今伝えずにいられるほど、愛理は大人ではなかった。


「愛理……」


暴れだしそうな衝動が舞美の体に訪れる。
触れれば折れてしまいそうな程、か弱いこの少女を。壊したいと、思ってしまう自分がいる。






452 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 20:33:45.08 0


「だから…っ」


舞美の腕が回されようとした時、愛理は自ら身を剥がした。
触れそうな距離で見詰め合う二人。
涙に濡れた彼女の瞳が、きらきらと光っている。


「もう、兄妹ごっこはおしまいです」


困ったような微笑みが朱に染まっていく。
言葉の意味が皆目分からない舞美は、眼前の儚い笑顔にただ見入っていた。


「さようなら……」


夕日の中に消えゆくその背中は、舞美がこれまで見た中で最も美しい光景だった。
美しすぎて、追いかけようにも体が動かない。
名を呼ぼうとしても、喉の奥で声が詰まって出来なかった。






454 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 20:57:38.17 0


呆然としたまま立ち尽くしていると、背後から声がした。


「矢島」
「熊井……なぜここに」
「いやその、なんだ……まあいいじゃないか。愛理ちゃんは?」


心配で追いかけてきたなんて、誰が言えたろうか――
話題を変えるような問いかけに、真顔で俯く舞美。
またもや状況を察した熊井は、座ろうか、と土手の淵を指した。
橙色に染め上げられた草原にゆっくりと腰を下ろす二人。
不意に、熊井が傍らへ一瞥を投げる。憂いを帯びた横顔は、見惚れる程に綺麗だ。


「愛理が、泣いてたんだ……でも、何も出来なくて…」
「うん」
「……駄目だな、愛する人さえ守れない」


夕凪に、自嘲気味の笑いが寂しく響く。






4457 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 21:08:26.87 0


「涙を流す女をどうすれば取り逃がせるのか俺にはわからんが…… まあ、そんな不器用な所がお前のよさだと思うよ」


言いながら、熊井はちいさくなった肩を抱いた。


「愛理ちゃんだって分かっているはずさ」


暮れなずむ空の下、肩を組む男二人。
まるでソドムだ、熊井は一瞬可笑しく思ったが、腕を離すことはなかった。
そんなことはどうでもよくなるくらい、今はこの傷心の友人が愛しい。
湧き上がる思いはそれだけだった。






458 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 21:09:54.45 0

「熊井」
「なんだ?」
「すまん……ありがとう。お前が居てくれてよかった」
「言う相手が間違っているぞ」


悪態をつきながらも、熊井は舞美の素直な言葉を嬉しく思った。
この矢島という人間の愚直なまでの優しさは、時に他人を救い、時に傷付けることさえある。
現時点でその事実を知るのは、熊井一人なのかもしれない。


遠くの方で溶けていく夕陽を、二人はただ黙って見ていた。