スレコピペその28

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951 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:15:31.52 0


「お父様! お母様! 誰か来て!」


にわかに騒がしくなった玄関先に、家中の人々が駆け付ける。
濡れそぼって変色した着物。水滴を垂らしながらうなだれる舞美、白い衣服を泥で汚した愛理。
眉間に皺を寄せる熊井が、事態の深刻さを物語っている。
その凄惨な様子に、誰もが息を呑んだ。


「おいっ、舞美くんを客間に運びなさい、母さんは医者を呼んで」


父親の指示を遠くで聞きながら、愛理は運ばれていく舞美に付き添う。
栞菜の視線など、気にする余裕はなかった。




955 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:19:48.79 0


「長時間雨に打たれ続けたために体力が奪われたようです。
 大丈夫ですよ、一晩安静にしていれば明日の朝には熱も下がっているでしょう」


医者の言葉に誰もが安堵した。
次々と部屋を後にする両親や女中達。熊井は言う。


「よかったな、愛理ちゃん。あ……あいつ置いてきたままだった…! じゃあ、戻るよ」
「はい、ありがとうございました」


丁寧にお辞儀をする愛理の頭を撫で、熊井も部屋を出た。




957 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:21:41.58 0


一人客間に残った愛理は、椅子に腰掛ながら、その安らかな寝顔に見入る。
何年ぶりかに見る光景だった。しかしもう、何もかもがあの頃とは違っている。
身体も、心さえも。
兄にも妹にもなれない。恋人とも呼べない。
最早、“許婚”という檻の中に閉じ込められた男と女でしかないのだ。


自分たちを繋ぐ思いはあるのだろうか――


愛理は考える。静けさに答えはなかった。
こんなにも近くにいるのに、自分たちを繋ぐものは何もない。


もしかしたら、甘えていたのかもしれない。
妹はいやだと突き放しておきながら、それでも捉まえにきてくれるだろうという期待が、
なかったとは言い切れない。
兄のような優しさを、舞美に望んでいたのは自分ではないか。


雨音に慣れた耳が、後悔を聞き逃すことはなかった。




959 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:23:32.78 0


突然、舞美の口から堰が漏れた。眉をしかめ、苦しそうにしている。
自然な動作で、机に置かれた水を口に含む愛理。
起こさぬよう、忍び足で寝具の縁へ近付く。
薄い唇に自らのそれを重ねると、口内の水分を慎重に送り込んでいく。
要領が分からず、端から水が伝い落ちた。
筋張った喉がこくんと鳴る。


距離を戻した瞬間、愛理は自分のした事に頬を染めた。
思えば、それがはじめての接吻だった。


961 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:25:02.44 0


雨音がやさしい。
室内を埋める静けさに、二人きりを感じる。
静かな寝息を立てる舞美を、慈愛に満ちた瞳で見守る愛理。
姉のようでもあり、母親のようでもあり、それは恋人を想う女のものだった。
はっきりとした骨格
長い睫毛
漆黒の髪
そのすべてを、今夜ほど愛おしく思う日はない。
胸に溢れくる想いは一つだった。
開かない瞳を見つめながら、愛理はゆっくりと息を吐いた。




962 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:26:08.55 0


「私、舞美さんのことが好きです。……知っていましたか?」


届くことのない告白――
新たな感情を呼ぶこともなく、ただ雨音に消えていくだけの、儚い命。


「いつもいつも迷惑ばかりかけて、我が侭を言って困らせて……
 だけど、大好きなんですよ…? これでも」


語りかけるように微笑みながら、愛理は泣いた。
ぽろぽろと零れ出す涙は雨のようで、止めることなど出来はしない。


「舞美さん……」


想いを消したくないから、それ以上言葉にはしなかった。
その代わりに、どうしようもなく触れたくて。
自ら距離を消した。




963 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:27:59.38 0


涙が、冷えた頬に落下する。
舞美にもらった童話の一節を思い出しながら、そっと顔を離す愛理。
くすぐったそうな微笑が浮かんで消える。目を覚ます気配はない。
現実はそう上手くもいかないらしい。


諦めのように笑んで、愛理は自分の居場所に戻った。




965 :名無し募集中。。。:2008/01/23(水) 23:33:19.88 0


広い廊下に、二つの影が重なる。


「あなた、どこへ?」
「客間です。ご主人様から、お嬢様へ氷嚢を渡すよう言われました」
「私がやっておくわ。下がっていいわよ」
「はぁ…」


腑に落ちない表情の女中を見送る栞菜の瞳は優しい。
扉の前の氷嚢が入った桶に愛理が気付くのは、朝方のことだった。