スレコピペその22

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661 :名無し募集中。。。:2008/01/19(土) 20:48:38.12 0


引き脱いだ黒のレオタードにはうっすらと汗が染みていた。
なんとかレッスンを無事やり遂げた愛理は、更衣室の隅で衣服に袖を通している。
心の奥に芽生えた周囲への警戒心は消えない。


「ねぇ」


振り向くと、笑みを浮かべたえりかが立っていた。


「もしよければ一緒に帰らない? 素敵なカフェーを知ってるの」


――どうしてこの人はこんなにも良くして下さるのだろう?


心の奥底でそう思いながらも、嬉しい気持ちは隠せない。
愛理は仔犬の様に瞳を輝かせ、何度も頷いた。




662 :名無し募集中。。。:2008/01/19(土) 21:11:22.94 0
「わー、私こんな所に来たの初めて」


店先に立ち、目を輝かせながら外装を見上げる愛理。
華族の息女というものは何かと守らなければいけない規則が多く、
実際愛理自身もカフェーという存在は自分とは縁遠いものだと感じていたのだ。
えりかはふふと笑って、「入りましょう」と手招きをした。


「愛理ちゃん…?」


名前を呼ぶ声に気付き、辺りを見回す。
ちょうど斜め後ろの窓際の席に居たのは、カップを持ち上げた熊井だ。


「熊井さんっ」
「やっぱり愛理ちゃんだ。奇遇だね」


矢島との事を知る人間ならば、声を掛けるにも迷いが生じるというものだ。
しかし女の扱いには慣れている熊井のことである。接する態度には聊かの違和感もなかった。
愛理とえりかが座るテヱブルに、もう一つ椅子が加わる。




664 :名無し募集中。。。:2008/01/19(土) 21:39:08.06 0


「あ…」


腰を下ろしかけた熊井の口から、不意に漏れた声。
視線の先で、えりかが滑らかに微笑む。


「先日はどうも」
「ああ、うん……でも、え?」


愛理とえりかが共にいる――さすがの熊井には、この状況は理解出来ない。
一昨日、えりかに呼び出され話し合った内容。
“どうすれば矢島舞美に近付けるか”というものだった。
冗談交じりで返した答が脳裏に蘇る。


――「今のところ、矢島は許婚のことしか見ていないからね。
彼女に近付けば自然と眼中に入るんじゃないか?」――




665 :名無し募集中。。。:2008/01/19(土) 22:05:46.24 0
えりかが愛理のことを良くは思っていないことを見越した言葉だった。
しかしまさか実行に移すとは。


この女子、侮れないな――


熊井の顔に苦笑に近い笑みが浮かぶ。


「今日は、矢島さんとご一緒じゃないの?」


えりかの口から出たその名前にぴくんと反応する愛理。
様子を察した熊井が、重くなった空気をはらうように慌てて口を開く。


「矢島、ああ矢島ね……あいつ今日は部活にも出てなかったけどな。まさか……恋文でももらってたりして」


――しまった


時既に遅し。
場を和ませようとした一言に、さらに空気が重くなる。




668 :名無し募集中。。。:2008/01/19(土) 22:23:21.83 0


「…あの、ご注文の方はぁ」


外からの声に同時に振り向いく三人。
小さく小首を傾げて立っている白い前掛けをした救世主に、熊井は縋るような思いになる。


「おーももち! そうだ、この子が前言ってた子」


ちょいちょいと手招きする熊井に桃子が近付くと、その耳元に「矢島の許嫁」という囁きが落ちた。


「そうなんですかぁ…」


品定めでもするように愛理を見るその目は、鋭い輝きを放っている。


(ふ、勝った)


どこまでも強気な女給である。
愛理が軽く会釈をすると、一応桃子も社交的な笑みをつくった。
流石に接客の名手、到底上辺だけのものには見えない。




670 :名無し募集中。。。:2008/01/19(土) 22:35:30.20 0


一つのテヱブルを囲む三人の女と一人の男。
危険な何かを感じ取った熊井は苦く笑う。


「な、なんか俺両手に花だなぁ。はっはっは…は……」


最早已む無し――


静かに元の席に戻っていく熊井に気付く者はいなかった。
それもその筈、
愛理を見つめる桃子とえりかの目には不適な炎が宿っている。


(もぉがこんな小娘に負けるわけないんだから)
(鈴木愛理に近付いて矢島さんをこの手に……)


「あのぉ、あんみつひとつー…」


そんな事など知る由もない愛理は、品書きからちょこんと顔を上げる。
今ここに、三人の令嬢による舞美を巡る争いが静かに幕を開けたのだった。