スレコピペその11

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374 :名無し募集中。。。:2008/01/14(月) 23:43:53.60 O


「お邪魔しまーす」


矢島家に辿り着いた舞は、勢いよく玄関の扉を開けた。
まるで自宅のように居間へと続く廊下を駆ける。
ところが、そこにいたのは舞美の母だけであった。


ごきげんよう叔母様。お兄様は?」
「あら舞ちゃん、いらっしゃい。舞美なら今自室に…あ、ちょっと」


最後まで耳を貸さずに、一直線に舞美の部屋へ向かう舞。


早く会いたい――


逸る気持ちが、足を動かせる。




377 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 00:13:47.64 0
「お兄…様…」


部屋のドアを開けると、見知らぬ女と談笑する舞美の姿があった。


“あいり”だ――女の勘が察知する。


「舞、来てたのか」


扉の側の小さな存在に気付いた舞美は、目を丸くし、それから軽く手招きをした。
不安げな表情のまま従う舞。


「ちょうどいい。紹介するよ。こちら、鈴木愛理さん」


やっぱり――


舞は傍らで野菊のように微笑む女を見た。
きっと優しいのだろう、滲み出るものは至極朗らかだ。
不意に力強く引き寄せられる。
ちいさな両肩をつかんだまま、舞美は言う。


「従姉妹なんだ。ほら、舞、挨拶しなさい」
「……萩原舞です」


愛理は膝を折り、目線を舞に合わせた。


「よろしくね、舞ちゃん」


笑顔につられることなく、舞はその瞳をじっと見ていた。




378 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 00:17:19.93 0
その時、コンコンと扉の叩く音。
女中の一人が扉の向こうから声をかける。


「舞美様、熊井さんからお電話が入りました」
「ああ、わかった。今行くよ」


舞美が視線を送ると、愛理は笑って頷いた。
二人だけのしるし――舞の中で嫉妬のようなものが膨れ上がっていく。




382 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 00:57:12.07 0


舞美が部屋を出ていき、愛理と舞は他愛のない話をした。
学校のこと、家のこと、ほとんどは愛理からの質問だった。
やがて会話が途切れ、沈黙が二人を包む。
舞美さん遅いわね、というようなことを愛理が言った直後だ。
舞美さん――
まるで妻君が夫を呼ぶかのような呼び名に、舞が堪えていたものが切れた。


「舞美お兄様と愛理さんは、どういう関係なの?」
「そうね……おともだち、かしら」
「うそ。みんなすぐそうやってはぐらかすんだから。
ねえ、本当のことを言って? お願い」


舞の目は真剣だ。少し黙った後、控えめに口を開く愛理。


「許婚、よ」
「いいなずけ…? どういう意味?」
「将来結婚するかもしれない相手……とでも言うのかしら」




383 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 01:02:00.85 0


(何よそれ……)


叫び出しそうになるのを堪え、舞は平静を保つ。
彼女は年頃からすれば異常に大人びた少女だった。
それも全て、少しでも早く舞美に似合う女になりたいと願う思いからだった。
しかし、その夢が今、目の前で消えかかろうとしている。


そんなのはいや――!


大人のような視線が、不意に子供らしさを取り戻す。




386 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 01:20:33.79 0
どうすればお兄様からこの女を引き離せばいいか――
そうだ、舞の表情がにわかに喜色張る。


「愛理さんは、お兄様のこと好き?」


唐突な質問に、愛理は目を見開いた。


「……好き、よ」


初めて口にした甘い響きに、頬を染める愛理。
しかし、舞の目は冷えたままだ。


「どんな風に?」
「え?」
「好きにも色々あるじゃない。
舞はお父様にもお母様にも言うわ。犬にだって言うときもある。
算学も好きだし…あっ、体育も!」


人差し指を突き出し、子どもらしい振る舞いを装う舞。


愛理は微笑みながらも考えていた。
舞美に対しての想い――
言葉にしたことはないが、心では分かっている。




388 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 01:30:59.13 0


「一人の人間として、舞美さんを愛してる……」


驚くほどスラスラと言葉が出た。
それは最早舞に対しての答えではない。愛理の瞳が映しているもの、それは舞美なのだ。
不意に笑い声が起こる。
舞が大口を開けて高らかに笑っていた。
呆気に取られる愛理。ふと表情から笑みを消し、舞は言う。


「お兄様はちがうわ」


芯のある強い声に、思わず身を硬くする愛理。


「……どういうこと?」
「お兄様はそんな風に思ってない。
教えてあげましょうか? お兄様があなたのことどう思ってるか」


にやりと口角を上げるその姿は、ただの幼子のものではなかった。
どくどくと音を立てる鼓動。
たった十やそこらの子女に、愛理は翻弄されているのだ。
否、そこにいるのは一人の女だった。






391 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 02:04:03.81 0


「ただの妹よ」


吐き捨てるような語気だった。


「お兄様が熊井さんとお話しているのを聞いちゃったの。
正確には妹のようなもの、だったかしら。信じなくてもいいけれど……本当よ」


返す言葉が見つからず、押し黙ったままの愛理。
妹――なんだか懐かしい響きだ。
幼少の頃、一緒に出かける度に兄妹のようだと言われ続けてきた。
しかし今、そこからの脱却を望む言葉を、自身で口にしたばかりなのだ。




393 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 02:07:15.29 0


「そう……」


感情をなくした顔から出たのは、単なる音だった。
狙い通りの様子に、舞はくすっと笑む。


「でも気に病むことはないわ。舞だってお兄様の妹なんだから。
妹同士、仲良くしましょうね……おねえさま?」


小悪魔のような笑顔を浮かべ、舞は部屋から出ていった。




412 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 03:02:36.56 0


悲しみや怒りなどという感情ではなく、何かもっと別の冷えたものが愛理の胸を覆っていく。
舞美にとって自分は、ただの妹――
それでいい、十分じゃないか、胸の中でもう一人の自分が言う。
それなのになぜ笑うことが出来ないのだろう。


その時、扉が開く音が響いた。
舞美の声ときゃっきゃとはしゃぐ舞の声が室内に入り込む。
聞きたくない、そう思ってしまう自分に、嫌悪を覚える愛理。


「愛理?」


呼ばれるまま顔を上げると、そこにはいつもの舞美の笑顔。
どこまでも優しいそれが、愛理の目にはいつもより眩しく映った。




416 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 03:07:26.96 0
眩しすぎて、知らず涙が溢れる。


「ごめんなさい……」


気がつけば逃げるように駆け出していた。
何やってるんだろう――
迷路のような廊下を駆け抜けながら、愛理は自分の弱さに涙した。




420 :名無し募集中。。。:2008/01/15(火) 03:16:27.19 0


「愛理! …舞、何かあったのか?」
「さあ」


そ知らぬ顔の舞と小さくなっていく愛理の背中。
二人の姿を交互に見つめる舞美の瞳は揺らいでいる。


「舞、ちょっと、ここで待ってなさい…!」


足を動かしたのは本能だった。
遠退いていく舞美の背中を、はっとした表情で見つめる舞。


「お兄様っ」


背後からの叫ぶような声が、走り出した舞美の耳に届くことはなかった。