酒は飲んでも、のまれるな。





ある日、梨沙子は雅の家に来た。
本来なら今日はオフで雅は家でのんびりするはずだったのだ。
それなのに、突然自宅に現れた梨沙子のせいでのんびり出来なくなってしまった。
のんびりすると言っても、身だしなみには気をつけている雅。
突然人が来ても会える格好はしている。


だが、本当に突然すぎる。


電話もなければメールですら連絡をいれずに梨沙子は雅の家に来たのだ。
唖然としている雅をニコニコと笑顔で見ている梨沙子には悪びれる様子すらない。


梨沙子…なんでうち来たの?」
「え?だって来たかったから。」


なんともきちんとした理由もない梨沙子の答え。
雅もきちんとした理由は期待していなかったが、ここまで意味の分からない答えが返ってくるとは思いもよらなかったので、少しガクッとうな垂れた。


「あのさ〜、普通来るなら一回連絡入れてこないの?」
「みや、嫌だったの?」


嫌ではない。むしろ来てくれて嬉しい。
だが、やはり突然来られるのは予定が無くても困るのだ。
その事を言おうとしているのに、梨沙子はまったくこちらの問いに答えようとはしない。
それが癪に障りイライラしてきたところで、家の中から誰かが来る音が…。
雅には誰が来ているのか予想できているので、もう梨沙子を追い返す事は出来ないとふと思った。


「あら〜梨沙子ちゃん。わざわざ来たの?」


雅のお母さんを見たとたんにぱぁっと笑顔になり「ハイ!」なんて元気よく挨拶をしている梨沙子
メンバーからは「雅は梨沙子に甘い」と言われているが、その雅以上にお母さんは梨沙子に甘いと思う。
その態度は実の娘の雅以上にいい。可愛がりすぎだ。
その事にちょっと妬けていたりするが、梨沙子梨沙子だ。
お母さんが優しいからって甘えすぎなんだ。絶対怒られないって分かってるから甘えてくる。
お母さんもそんな梨沙子が可愛くて余計優しくなるし…。


はぁと一息溜息をつくも原因の二人は楽しげに談笑。
それを冷ややかな目で見ていると、こちらの気持ちを分かっているのか分かっていないのか、お母さんが梨沙子を家の中に促していた。


「ちょ、お母さん!」


慌てて声をかけるも笑顔でかわされる。


「どうしたの?雅。外でずっと喋ってるわけもいかないでしょう。」
「待ってよ!あたし今から出掛けるんだけど。」


とりあえず予定にはなかったけど言ってみる。


「あれ?雅、今日出掛ける予定無くて暇なんでしょ?だったら別にいいじゃない。」


どうやら母親には全てお見通しらしく、雅の意見はあえなく却下されてしまった。
むっとしながら、梨沙子を見ると雅とは反対のとびっきりの笑顔でお母さんの後をついていってた。




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「みやーみやー」


只今時刻は午後5時。
梨沙子が来たのは2時頃なので、かれこれ3時間は経過している。
さっきまで、梨沙子とお母さんは仲良くリビングで談笑。
あたしなんかは蚊帳の外で、一人大人しくテレビを見ていたりした。
さすがに飽きてきたので自分の部屋に行こうとしたら背中に何かが張り付いてきた。
まぁ、見なくても分かるんだけど。それは当然さっきまでお母さんと仲良く会話していた梨沙子であって…。
お母さんからは「仲良くするのよ」なんて言われたし。


そんなわけで、あたし夏焼雅とあたしの背中に張り付いてる菅谷梨沙子はあたしの部屋にいたりします。


でも、あたしの部屋にはたいして遊ぶものなんてないわけで…。
それなのに、背中にいる梨沙子はなぜか楽しそうで。


梨沙子…楽しい?」
「楽しいけど?」


迷いも無く言った梨沙子の心理状態がわからない…。
たしかに和んではいるんだけど、楽しいとは違うよなとぼんやり考えていたら、突然梨沙子が「あっ!」と声を出した。


「何?どうしたの?」


声をかけると背後から前に回ってきて、手を目の高さまで上げてきた。
その行動の意味が分からずに首を傾げていると「ほら」と言ってあたしの目の前に光る物を差し出してきた。


「…あっ」


この時やっと梨沙子の行動の意味が分かった。
あたしがこの前誕生日にあげた指輪をちゃんとしていると言いたかったらしい。
梨沙子を見ると「へへっ」と照れくさそうに笑ってはいるけど、前よりちょっと大人っぽかった…
その姿にちょっと見惚れてしまった。


「みやは?」


その声にはっと我に返り梨沙子を見るといつもの悪戯っ子みたいな笑顔であたしの顔を覗き込んでいる。


「…してるよ。」


ぼそっと言ったけどちゃんと聞こえてたらしく、あたしの手を取って「おそろい〜おそろい〜♪」と浮かれている梨沙子


「ちゃんとしてたんだぁ…」


なぜかほっとしたような声に反応して、理由を聞いたら「みや外しそうだし。」と笑いながら答えてくれた。






ー…おそろいにしたかったから買ったのに、あたしがしてなかったら意味無いじゃんー






そんな事は言わない…というか言えない。
恥ずかしすぎるじゃん。






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なんだかんだで話していたらいつのまにか陽は落ちていてもう外は暗くなっていた。
梨沙子を家に帰そうと思っても、こんな暗い所を小学生一人で歩かせるわけにはいかないという雅のお母さんの好意で梨沙子は夏焼家に泊まる事にした。
あいにく、翌日は仕事があるがそれも午後からなのでなんら支障もない。
梨沙子は自分の家に電話をかけたが、知っている人の家なので構わないが粗相のないようにとの一言だけで、突然のお泊りが決定した。
やはり雅は多少反発したが、渋々承諾した。
母親は雅が本当は嬉しかったのを見逃してはいないが。




食事も終え、別々にお風呂に入る事にし、リビングで雅がのんびりしていると父親が帰ってきた。
雅の父もなんだかんだ言って梨沙子の事が気に入っている人の一人。
皆より遅い食事を摂りながら機嫌が良いのかお酒まで飲んでいる。


まぁいいやと思いつつテレビを見る。
ちなみに現在の時刻午後9時半。さすがにちょっと眠くなってくる。






梨沙子がお風呂から上がったから入れ替わりに入り、30分ぐらいしてから上がるとリビングから陽気な声が聞こえてきた。
なぜか嫌な予感がして急いで行くと、そこには完璧に酔っ払って顔を真っ赤にしているお父さんと…ヘラヘラ笑顔の梨沙子
どう考えても二人とも酔っ払っている…。


「ちょっとお母さんっ!!梨沙子もお酒飲んだの?」


台所にいる母親に声をかけると申し訳なさそうな声で「お父さん止めたんだけどねぇ、飲ませちゃったみたい。」なんて普通の返答が…。


梨沙子まだ未成年じゃん!お母さんもちゃんと止めてよ!」
「だってお父さん、梨沙子ちゃんに勧めるし、梨沙子ちゃんも飲みたがってたし。」


この母親はなんなんだと、多少疑問にも思ったがとりあえず梨沙子だ。
お父さんもお母さんも放っておいても大丈夫だが、梨沙子はまだお酒なんて飲んだはずが無い。
昔、好奇心で雅もちょっと飲んだ事があるが、その後物凄い熱くなったし記憶だってなくなった。


台所から出てリビングに行くと、ヘラヘラした声で梨沙子が声をかけてきた。


「みや〜エヘヘ〜」


えへへじゃないだろ、とか内心で思いつつも近くに寄るとやはりお酒臭い…。


梨沙子、お酒飲んだでしょ?」
「うん!みやのーお父さんにー飲めって言われたからー、飲んじゃった〜。みやも飲む〜?美味しいよぉ?」
「飲まないから…そもそも飲んじゃダメでしょ。」


そう注意しても酔っ払いには何を言っても意味が無い。
ずっとヘラヘラしてよく分からないがとにかく楽しそうに笑っている。
お父さんに注意しようとしたけど…こっちも梨沙子同様言って聞くような状態ではない。


とりあえずお母さんをもう一度呼ぼう。うん、その方が良い。


そう思っていたら、思いが通じたのかお母さんがリビングにやって来た。
お母さんはこの様子を見て「あらあら」としか言わなかったけど…。
普通、人様の娘に酒を飲ませてそんな悠長な事言ってていいのかと思ったけど、意外と菅谷家と夏焼家って仲が良いらしいし。
どこで仲良くなったのか分かんないんだけど、親同士の仲は良い。
だから普通にうちに梨沙子を泊めてるんだろうけど…。


って、そんな事はどうでもいいんだ。
今はとにかく梨沙子をどうにかしなくちゃいけない。


「あ、雅。梨沙子ちゃん部屋まで連れてって。」
「はぁ?あたし一人で!?」
「他に誰がいるのよ…。お父さんほうっておくわけにもいかないでしょ。」


たしかにそれはそうだ。
梨沙子以上にグデグデになっているお父さんをほうっておいたら、何をするか分からない。
でも、梨沙子をあたし一人で自分の部屋まで連れて行くのは大変な気がする。


梨沙子、あたしより大きいし…。それに酔っ払ってるからいつも以上に言う事聞かないし。


そんなことを思っていてもやっぱり年上だから。
なんだかんだで梨沙子が好きだから。
文句を言いつつもきちんと世話はする。






フラフラする梨沙子を支えながら自分の部屋まで歩く。が、梨沙子がおもいっきり体をあずけてくるので歩きにくい。


「ちょっと梨沙子、ちゃんと歩いてよ!」
「ん〜」


抗議をするも聞いてるのかいないのか。
気のない返事をして余計体重をかけてくるから厄介だ。
既に〈体を預ける〉ではなく〈抱きついている〉状態に近いが…。




なんとか部屋に着き電気をつけようと思ったけど、梨沙子が邪魔で点けられないので、仕方なくそのまま梨沙子を布団に置こうと思った。
思ったんだけど………
なぜか、体重をかけられあたしごと布団の上に倒された…。


「ちょっと梨沙子!いい加減にしてよ!」


なんて言っても相手は酔っ払い。
聞く耳持たずに正面から抱きついてる梨沙子の頭を叩くも効果なし。
肩を押してどかそうにも体重をかけてきているのでちょっとやそっとじゃ離れない。
なんとか自分から引き離そうとジタバタもがいていると急に重さが消えたので、立ち上がろうと背中を浮かせたら背中に痛みが走った。


「っつ・・」


何かと思えば、どうやら立ち上がろうとした時に梨沙子に腕を取られてそのまま押し倒されたらしい…。


「ちょっと梨沙子ってば!」


腕を押さえられて上に乗っかられているのでどうもがいても体はビクとも動かない。
さすがに…酔っ払い、しかもなんだかんだで懐いてきてる梨沙子にこの状況はヤバいような…。


「り、梨沙子…?」
「みや…」
「あのさ、どけてもらえない?」
「ヤダ」
「いや、ヤダとかじゃなくて…」
「みや、嫌なの?」


そんなやりとりをしていると不意に梨沙子の顔が近付いて来た。
顔は逸らそうと思えば逸らせたんだ。


でも…なぜか梨沙子の瞳を見てたら…。


「クスッ…みや可愛い…」
「なっ…」


多分、鏡で見なくても分かる。自分の顔が妙に火照っている。
暗闇でも分かるほどきっと真っ赤になってる。


「みや、顔真っ赤〜」


ケタケタ笑う梨沙子に「うるさいっ」と言っても今は何の抵抗の言葉にもならないだろう。


「みやー」
「今度は何よ…」


顔を横に逸らしてぶっきらぼうに答えた。
が、次の梨沙子のセリフにまた元の位置に戻されたけど。


「好きだよ。一番…一番好き。」
「…えっ?」


つい見てしまったのが悪かった。
今まで横を見てたから、また梨沙子の顔が近くにあるなんて思ってなかったんだ。


前を見たら梨沙子のアップ。
そしてまた…唇を塞がれた。


ただ、さっきと全く違う点が。
1回目のキスは、ただ触れるだけのようなキス。キスの味なんて分からなかった。
2回目のキスは…1回目のとは比べ物にならないぐらい激しくて…。ただ、キスの味は、ちょっと苦いお酒の味だった。


何分経っただろうか。それすら分からない位頭がボ〜ッとしてきて、呼吸が苦しくなってきた所でやっと離れた。
家業
「んっ…はぁ………」
「みや、ホントに可愛いねぇ」


もう、なんだろう…。
頭に霞がかかった感じで自分でも何を考えているのが分からない。
いつもだったら何かしら反論はする。
だけど、息も切れてるから言葉を出そうにも口がきちんと動いてくれない。




雅が何も言えないのを良い事に、梨沙子は雅の首に顔を埋め首を舐める。
何も言えないはずなのに、体なんてだるくて動かせないのに、なぜか体は反応してしまう。
雅の体がビクッと反応したのをいい事に、だんだんを顔を下に移していく梨沙子
ちょうど、胸の位置に顔が来た途端、また雅の体が圧迫された。




乱れている呼吸をなんとか落ち着かせて胸の辺りを見る。
見ても先程酔っ払って迫っていた梨沙子がいる。
しかしさっきとは様子が変わっていた。
今まで、普通に起きていたのに…既に規則正しい寝息をたてていたのだ。


「り、梨沙子?」


雅がやっとの思いで声をかけるも、当の梨沙子は既に寝ているので何も反応が無い。
どうやら酔っ払って、無意識のうちに行動していたようだが眠気に流されたようだ。
そんな梨沙子をなんとか自分の上からどけ、とりあえず床に座ってみる。






ーあれ…あたし今何されてたんだっけ…ー




思い出す。
思い出してみるが…今まで落ち着いてきた心拍数がまたバクバクと上がって冷静に考えられない。




ーその…梨沙子にキスされて…それから…ー




ダメだ。心臓がバクバクいいすぎて顔が熱い。
そもそもなんでこんな事になったのだ。
そんな事すら考えられないほど、今の雅に余裕は無い。




ー胸がドキドキする…ど、どうしよう…ー




その夜、暗闇の中で考えすぎた雅はなかなか寝付く事が出来なかった。





〜次の日〜

もちろん、雅は寝不足。
梨沙子は二日酔いの為か酷い頭痛に悩まされていた。


酔っ払っていた梨沙子に前夜の記憶なんて全く無く、その事に少しイライラしたような安心したような雅。
梨沙子は雅が多少イラついてる事に不安を覚えるが、頭が痛くてそれどころではなかった。